【洒落怖】百物語・六十三本目 「占い師の予言・結果」 :百物語2013本スレ
良く当たるという占い師のところに行ったら、あなたの夫は指を切り落とすだろうと言われた。 それは困る、と訴えたところ、 占い師は「指を切り落としたくなければ指輪をはめておくように」と言った。
おーぷんな怖い話をまとめました・・クスッ
良く当たるという占い師のところに行ったら、あなたの夫は指を切り落とすだろうと言われた。 それは困る、と訴えたところ、 占い師は「指を切り落としたくなければ指輪をはめておくように」と言った。
彼女は、遠い昔、気まぐれに占い師に占ってもらったことがあるという。 「その人に言われたの。 あなたは、世界を飛び回るような人と結婚する。 そして、とても幸せな生活をするって。」
怖い話の途中ですが、ここで僕の最も温かかった不思議体験を。 これは、この4月、友人と3人で京都に行ったときのお話。 このときのメインは義経が幼少期を過ごしたことでおなじみの鞍馬山。 道中に観ていたDVDのおかげで、異様なテンションでの入山でした。
私が子供の頃住んでた家の近くのお寺は、西側が墓地になっていた 夜になると寺は閉まるが、墓地には裏手の壊れた垣根からいつでも入る事ができたため 時々、夜の墓地に入って肝だめしをする者もいた 私が小学生の頃、友達と一緒に夜の9時ごろそのお寺の墓地に探検に行った 初めは怖かったが、特に何も出てこないので、調子に乗ってワイワイ騒いでいたら
夜中、ふと目覚めた時のことです。 人の気配を感じたので暗闇に目を凝らして見ると 部屋の隅に、黒い人影が立っていました 私は驚き逃げようとしましたが金縛りにあって体が動きません うわあああ、と思っていると なんともう1つ人影が…
去年のお盆の出来事。 お盆初日、墓参りを済ませ提灯の火を神棚の蝋燭に移した時、 後ろの方で飼い猫の鳴き声と、ガシャーンという何かにぶつかったような音がした。 その猫はまだ一才にもなっていないやんちゃ盛りで、よく何かに驚いてはいろんなとこにぶつかるせわしないやつだった。
こんな噂が、多摩一帯で囁かれたのは、昭和63年の事である。 八王子から五日市に抜ける秋川街道を走っていると、小峰峠という峠に至る。 昼なお暗き、この峠に女の子の幽霊が出ると評判になったのだ。
ガラガラの電車に乗っていた。 ドアの傍で、中学生くらいの女の子が、ニコニコしながら隣の女の子に何やら立ち話している。 「そしたらね!~君がね、」 「あの時の先生はさー」 とか、他愛もない話だった。
彼が高校の修学旅行へ行った時のことだ。 最終日に泊まったホテルは、綺麗だが、どことなく古びた印象を与える建物だった。 風呂上がりに地下へ続く小さな階段を見つけ、そこに居合わせたメンバーで下りてみた。 長い長い階段の先にあったのは、コンクリート造りの牢獄だった。 それも一つや二つではなく、明かりの届かない奥の方まで、鉄格子がずらっと続いている。
バイト先の先輩に、とても良い先輩がいます。 その人は面倒見が良く、どこかに行く際にはちょくちょく車を出してくれるんです。 一度、よくドライブしたりするんですか?と訊いてみた事がございます。 その時、先輩はニカッと笑って答えました。 「いやいや、1人で車に乗るのは好きじゃないんだ」
大学生の頃の話です。 私は当時、学生専用のアパートで一人暮らしをしていました。 ある秋の晩、夜中に友人と呑みに行った帰りのこと。 その友人は私とは別の学生アパートに住んでいたのですが、そのアパートのある場所は大通りから少し外れた街頭の少ない入り組んだ細い道に建っており、 一年以上住んでいる友人ですら「帰り怖ぇ…」と言うほどの嫌な雰囲気がありました。
某SNSのコミュでツーリングに行く話になった 話は進み関東圏のメンバーでSA集合鰻が有名な県まで行く事になった 知らない人ばかりだったので緊張したけど 同じ趣味の人だから温泉で大はしゃぎした
友人は築十何年という古い木造アパートの一階に住んでいた そんな彼女が引越しを決めた顛末のお話 ある日のこと 彼女はふとのどが渇き冷蔵庫を覗いた あいにく飲み物の類は切らしており、仕方なくコンビニにでも行こうかと外へ出る 少し歩いてから、何気なくアパートを見上げた彼女は、ぞっとした 彼女の住む真上の階、真っ暗な部屋の中から、こちらを見る人影があったのだ
ここ10年、婆さんが予知夢を見ているという事が発覚しつつある。 うちの婆さんは、学校の成績が常にトップで都会で働くのが夢だったが、婆さんの親が婆さんを田舎に置きたがったため断念。 婆さんは都会で働きたかったと今でも言う。 ただ憧れのあまりか、婆さんは夢の中で都会の会社で働く夢を度々見るようになったらしい。
僕が小学生のときの話。 近所に坂があった。 坂を10メートルほど上ると橋が架かっていて、橋を渡ると隣町だった。 橋とガードレールの隙間から斜面に降りると、すぐ地上に出ることができた。 逆に斜面から橋の袂へよじ登ることもできた。 その斜面は、 体が小さい子どもならではの近道だったのだ。