【六十四話】 わたくし◆O0RKwPn0UQR0 様 『通う人』 (1/3)
こう、怪談が好きな方々で集まって、お話をしておりますと、
「霊が訪ねてきても、戸は開けちゃいけないよ、ね、開けると入ってくるからね」
なんて脅しを掛けてくる方が、まぁ、一人はお出でになりますね
ま、わたくしはそういう体験がありませんから、
「そういうもんか、怖いねぇ……ところで、あいつら、壁は抜ける癖に変なところで律儀だね」
なんて、怪談牡丹灯篭の伝統を、こう、絶えさせてしまうような事を考えたりも致しますが
さて、
大雨の日でありました
カンカン、コンコンッと、雨粒が辺りを叩いておりまして、なァんとも清々しい
お家に居たというのもありますけども、ぁあ、濡れない雨音ってのは良い気持ちですよ
「気分が良いな、気持ちが良いな」
なんて思いながらベランダに出ます、あんまり良い心地だもんで煙草をやろうかしらってンですね
ベランダに出てみますと足にしずくが掛かって、これもまた、懐かしい思いが致しました
火をつけて、すーぅと、こう、口と鼻から吸い込みますと、空気の匂いも腑へと落ちてきます
煙草をやられる方の、その、作法も色々とありますが、わたくしはこれが一等好きです
すーぅ、ふぅー、と、ゆっくりやるのが、雨の日のやり方ですから、つい長居を致しますね
そうやって、そろそろ一本目も終わろうかという時に、
「キン、コーン……」
不意に、玄関のチャイムが鳴った
「はぁい」
ベランダから応じます、煙草を揉消して玄関へ急ぎますってェと、
「どちら様でしょうかあ
引用元: https://toro.5ch.net/test/read.cgi/occult/1377258497/
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返事が無い、怪訝に思って覗き穴から外を窺いますと、
……立ってる、ぅう、ご婦人が一人で立ち尽くしておりました
(居るんじゃないかよ、ぇえ、不景気な女だな、おい)
容姿というよりもご婦人の雰囲気が、その、えらい不景気だったんですな
ご婦人の周りだけみょーォに暗い、顔なんかも上手い具合に見えないってンですから、
(……気色悪い)
芯から思いました、失礼な話ですけれども、本当に、気味が悪い
「どちら様でしょうか」
扉越しに呼び掛けます、返事が無い、覗いてみる、やっぱり立ってる……どうも暗い、気味が悪い
まぁ、いつまでも初心なお見合いをやってる訳にもいきませんから、意を決して戸を開けた
やっぱり立ってる、俯き加減でもって、こう、不幸の上から不幸を塗り固めたような形をしております
で、わたくしも警戒しておりますから、低い声で、戸も半開きにして伺いを立てますが、返事が無い
その後、二、三回は何か話し掛けたような気が致しますが梨の礫、とうとう戸を閉めちゃった
(なんだろうね、あの女は、ぇえ、気味が悪い、畜生)
内心で散々に悪態を撒き散らしておりますと、
「キンコーンッ」
またチャイムが鳴った、先程よりも忙しない音でございました
返事をする前に覗き穴から見ると、あのご婦人が立っている
馬鹿にしやがって、と、無視を決め込んでおりますと、
「キンコーン、キンコン、キンコキンコーンッ」
狂ったようにチャイムを鳴らし始めたもんですから、
「警察呼ぶぞッ」
バーーーンッと戸を開けて一喝して……ですが、そこにご婦人の姿はありませんでした
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疑うよりも先に、
「嫌な奴が消えたよ、良かった」
ってェ思って戸を閉めますと……気配がした
何だろう、と口内で呻いて、覗き穴に目を付けますと、
「うぅうッ」
引き攣ったような声でもって、玄関口に尻餅を突いてしまった
さっきのご婦人、これが、何ともいえない妙な笑い顔で、覗き穴を覗いておりました
で、警察ではなく友人に連絡を入れたってンですから、どうも、小さい男でございます
ぅう、それから幾日か過ぎますと、わたくし、気付いた事があった
雨の日、わたくしがお家に居る時……ぅう、時間にして、大体、昼の三時頃でしょうか
その時間になると決まって、
「キン、コーンッ」
チャイムが鳴る、はぁい、どちら様でしょうか……返事が無い、覗く、あの暗ァいご婦人が立ってる
山を張って、チャイムが鳴り終わる前に戸を開けようとも、そこにご婦人の姿は見えないんですね
開けたら入ってくる、これは、いつの昔から言われ始めた事でございましょうか
ですが、扉の前でもって、こう、妙な笑いを浮かべて、ただチャイムを鳴らすだけの方も居るようですよ
目的が分からないってのは、これは、人にしろ何にしろ、ひどく、その、宜しくない気が致しますがね
決して、無害では有りませんよ、ぇえ、悪戯も度を越しますと病の元でございますから
ところでわたくし、ぅう、何度かそのご婦人をしかと見ておりますが、
不思議なことに彼女のお顔の造形……これが、雨に滲んだお習字みたいに、はっきりしない
【了】
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